渦巻きについて  ついきひろこ

 部屋を片付けていて、戸棚の奥に蚊取り線香を見つけた。古びた箱を開けてみると、ふつうは二本ずつぴたりと噛合って入っているものだが、片割れの一本が、重なりの一番上にあった。見事な、ぐるぐる巻き。同じような渦巻きを、うす闇の中で見たことがある・・・

 うす暗い静寂の中に、すっくりと高く立ち上がっている繊細な渦巻き、オスロのバイキング・シップ博物館のオーセベルグの船の舳先だ。柩として埋葬され、中には二人の女性が副葬品と共に葬られていたという。うす闇に浮かぶ白鳥の首のような舳先・・・博物館の静けさの中にかすかな水音のするような・・・トゥオネラの河なのか、レテの水なのか。

 博物館を出て、パン屋のカフェでおやつの甘いパンを食べた。ジャリジャリとお砂糖のたっぷりかかった、シナモンの香りの渦巻きパンだった。透明な陽の光の中、白樺の芽吹きの色がきれいだった。
 
 ノルウェーの街の裏通りでは(たぶん他の国でもあることだろうが)、歩道を歩いていて、黒い渦巻きを見ることがある。通りに面した古い家では、歩道から玄関まで上がる階段の手すりが、黒くて細い金属で、その下の端が歩道の脇で、水平にぐるぐると渦巻きになっていることがあるのだ。多くの場合、手すりの先っぽ、つまり渦巻きの中心は球になって終わっている。手すりを伝ってリズミカルに下りて来た手は、そのまま、ぐるぐると渦巻きを回り、中心の球に行きつきたくなるのではなかろうか。

 そして、そのぐるぐる巻きから、メールシュトレムはノルウェーの海の話だったと、思い出す・・・こんな風に、心があちこちぐるぐると渦巻いてしまうので、部屋の片付けはなかなか進まない。              


 
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