赤梨

梨畑の中央に大きなガラスの水槽が置かれ、
半分ほどはアオミドロで覆われている。その
中に馬の首がぼんやり浮いている。昔はそう
だった、と村人は言った。 (溶かして肥料に
するからね) それを聞いて以来、梨畑は私の
夢の園になる。

春、梨の白い花の下で馬の首が反転する。優
しい目を見開いたままで。 夜、何かに引き寄
せられるように厩を飛び出した馬が、 汽車の
明かりを目指して走る。衝突し汽車の急停車。
群がる人々。死んだばかりの馬を我がちに解
体する村人。 脚、腹、背肉、皮、それぞれを
分け合って、残る馬の首。梨畑の大きな水槽
に沈められ浮く。

白い花が咲く頃、首筋から溶け出し反転する
首。梨の花の匂い。 たてがみがモグサのよう
に立ち揺れ。背を屈めて梨畑を歩きたかった。
水の中の馬の目を見ていたかった。部分なの
に全体である首。反転しつつ溶けてゆく。水
槽を時々照らす汽車の明かり。梨の花。秋に
は甘酸っぱい匂いを固い皮で包んだ赤梨に取
り囲まれる首。最後に水に浮かぶのは一対の
目だけだろうか。そしてやがて、赤梨の木の
したにゆっくりその目を閉じる。
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